『週刊てりとりぃ』2015年7月10日(金)
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初出はこちら(2017年4月6日にFacebookに掲載したときにちょっとだけ改稿しました)
『週刊てりとりぃ』は毎週金曜日に更新中です。作曲家・村井邦彦さんのLAでの生活を綴ったエッセイや、バート・バカラックの新作情報など、毎週盛りだくさんの内容です。
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「『アトム ザ・ビギニング』単行本第1巻発売」
今の時代に生きていてなにが悲しいかといえば、手塚治虫先生がすでにこの世になく、どんなに長生きをしたところで手塚先生の新作は一生読めない、ということです。未読の手塚作品を求めて古本屋やマンガ喫茶を練り歩くのも悪くはないですが、新作が次々と生まれるコミックの最前線からは遠のいていく一方。『鉄腕アトム』の舞台である21世紀に暮らしていながら、まったく未来に生きていないこの態度を思うと、我に返って言いようのない寂しさに駆られます。「あ~ん、時代の流れについていけてない人にも楽しく読める手塚先生の新作マンガを出してぇ~」と無茶苦茶を叫んだ僕の目の前に現れたのは、刊行されたばかりの『アトム ザ・ビギニング』の第1巻でした。手塚先生の遺志を継いだ、ゆうきまさみ(コンセプトワークス)、カサハラテツロー(漫画)、手塚眞(監修)の3者が原作の設定を借りて、昨年末から月刊『ヒーローズ』で始めた新プロジェクトです。これは映画で言うところの“リブート”もしくは“プリークェル”だな……『バットマン ビギンズ』や『カジノ・ロワイヤル』のように、有名な作品に新設定をたっぷりと盛り込んでゼロからお話を語り直すというあの手法だとすぐに思いました。
大学でロボット工学を研究しているヤング天馬博士とヤングお茶の水博士が自我を持つロボット「シックス」を開発したことをきっかけに様々な事件に巻き込まれていく……というお話なのですが、説明が下手な上にあらすじだけでは魅力が伝わりませんね。実を言うと、読み始めてすぐライトノベルのような説明気味のセリフや、萌えの塊みたいなオリジナルキャラが目について少し戸惑ってしまったのですが、いや、待ってください! 肝心なことは、過去の作品にルーツを持つ各キャラが現代の雰囲気にどうマッチしているかどうか、ではないでしょうか? そして、作者の手を離れても立派に自立できるキャラを生み出した手塚先生の造型が、ストーリーにどう活きているか。結果として、現在のラノベや萌えの源流としての手塚作品を再確認することになりました。天馬博士とアトムとお茶の水博士。3者に待ち受けている未来を重ね合わせつつ、お好みの声優さんの声で各キャラのセリフを脳内再生しながら読むと実に愉しいです。第1話の終盤でシックスの活躍を見たヤングお茶の水が思わず涙しながらつぶやく“ベヴストザイン・システム理論”。その時点ではその言葉がなにを意味するのかサッパリわからないのに、僕は心のなかで新ヒーローの誕生を祝いながら、ヤングお茶の水と一緒に涙を流していました。無論、躍動感溢れるロボット描写については文句のつけようがありません。ところでヒーローの本場、マーベル・コミックスではスタン・リーという92歳の偉人がいまだに君臨しておりますが、アメコミの世界では1つの作品が複数の書き手によって違った解釈がなされるのはごく普通のことです。もし、近い将来『鉄腕アトム』もそうなったとしたら、それはそれですごく興味があります。
(真鍋新一=編集者見習い)