サブスク捜索隊

Jan & Dean『Filet of Soul Redux: The Rejected Master Recordings』(2017)

Jan & Dean Filet of Soul Redux

 ジャン&ディーン……「サーフ・シティ」、「危険なカーヴ」など、サーフィン&ホットロッドのブームで一時代を築いた彼らも、ビートルズが全米で猛威を奮い続けていた1965年ごろには時代の流れに逆らえず、迷走を始めていた。そんなころに制作された、1966年の未発表アルバム

 長年お蔵入り状態になっていた彼らのアルバムは、今回を含めて少なくとも3枚ある。1967年の自主製作盤『Save for a Rainy Day』が1996年に初めてまともな形で発売されたのがきっかけで彼らの不遇な時期にも光が当たるようになり、2010年には1968年に出るはずだった『Carnival of Sound』も初リリース。さすがにもう残っていないだろうと思っていたらところ、2017年にいきなり出たのがこの『Filet of Soul REDUX』だった。タイトルの「REDUX」とは「復古/帰ってきた」という意味で、映画『地獄の黙示録 特別完全版』の原題も『Apocalypse Now Redux』だった。「本来の形で戻ってきましたよ」というニュアンスだろうか。前置きが長くなった。先に挙げた2枚についてはまた別の機会にご紹介したい。

 ジャン&ディーンが、ビートルズ以後にデビューしたバンドや、やがて来るサイケデリックの時代にも追いつこうと果敢な創作活動に励んでいたことは、名曲「グッド・バイブレーション」を産んだビーチ・ボーイズの健闘と同じように記憶されるべきことだと思う。そんな彼らの作品群が近年まであまり知られていなかったのは、当時のレコード会社が彼らの新作発売を拒否、あるいは勝手に改変して発売したためで、この『Filet of Soul』も、実際に発売された同名アルバムは1曲ごとにブツ切りにされたライヴ録音と、ボツになっていたスタジオ録音を引っ張り出してバラバラに並べただけの散々なものだった(それでもそれなりに楽しい作品ではあるのだが)。

 ただし、この『Filet of Soul REDUX』は先の2枚よりも早く作られたにもかかわらず、中身はもっともアバンギャルド。本家『Filet of Soul』にバラで収録されていた1965~66年のライヴ録音が通しで聴けるのかと思いきや、テープ操作やサウンドエフェクトの過剰な挿入によって、せっかくの演奏もMCもグッチャグチャにされており、これはまさに破壊と再構築の手法を用いた、早すぎたミュージック・コンクレート。再評価に値する先の2枚と違い、非常に取り扱いに困る存在だ。当然レコード会社の発売拒否もやむなしといったところ。

 具体的には、犬の遠吠え、マシンガンの発射音、走る自動車が爆発炎上する音、けたたましい救急車のサイレン、謎のカントリー音楽、進軍ラッパ、笑いすぎて「オエっ!」と言いながら咳込むMC……これらの音が何度も何度も出てきては演奏の邪魔をし、一部の曲は原型をとどめぬほどにいじくり倒されている。建前としては「コメディがテーマのアルバム」ということになっているらしいのだが、実際の中身はそんな生易しいものではなく、もっと混沌としたものだ。特に、「危険なカーヴ」の演奏中に自動車事故の音が何度も入るのは、競争をして事故る歌なので仕方ないとはいえ、グループを活動停止に追い込んだジャンの自動車事故を完全に「呼んで」しまっているとしか思えず(事実、この年の4月に自動車事故で脳を損傷。晩年まで後遺症が残った)、その経緯を知る者が聴くとなんとも言えない気分の悪さに襲われる。困ったことにこの常軌を逸したサウンドは聴いているうちにだんだんクセになってくるもので、この魅力は爆発音とバカ笑いと大歓声がマシマシになった最後の「ハング・オン・スルーピー」までたどり着けた方にはわかっていただけるだろうと思う。

 ところでこの音源、実は完全に未発表というわけではない1971年発売の2枚組ベストアルバム『Jan & Dean Anthology Album』のD面(2枚目の後半)に収録されていたライヴ音源は、この音源の抜粋版だった。当時日本でも発売されていたのでご存知の方もいるかもしれないが、「ミッシェル」、「悲しみはぶっとばせ」のビートルズ・カヴァーが目的でその盤を入手した際はあまりのメチャクチャぶりにすっかり腰を抜かしてしまつた。いわゆる前衛音楽やプログレとも違う、笑顔で発狂しているような闇の深さ。もしかしてジャン&ディーンにビーチ・ボーイズの『スマイル』のような先鋭的な未発表アルバムがあったとして、これはその残骸なのではないか? と長年疑問に思っていたが、まさか『スマイル』よりも早い1966年初頭の作品だったとは。10年越しにその真相が判明してスッキリした気分である。

 ルー・クリスティのカヴァー「恋のひらめき」や、エヴァリー・ブラザーズのカヴァー「キャシーズ・クラウン」などは、おそらく今回の完全版が初出。先ごろ亡くなったドラマーのハル・ブレインがバンマスを務めているのは(これに比べればだいぶまともな)ライヴ盤『コマンド・パフォーマンス』と同じで、ブラスセクションなども含めて、当時の常識では完全に黒子扱いだったステージの演奏メンバーを1人ずつ全員紹介している様子が収録されているのは収穫といえば収穫かもしれない。

 海外のコミュニティを拾い読みしていたところ、この「REDUX」版の音源は制作当時に作成された試聴用アセテート盤からのコピーで長さの違う2種類が海賊盤になっていたそうだ。完全版のテープがこれしか残っていなかったのか、今回リリースされたのはモノラルミックス。『Anthology Album』に収録されているのは20分間の抜粋ながらステレオミックス左右からすごい量の効果音が鳴るので聴いていて気が狂いそうになるが、“聴くドラッグ”としての利用価値はこちらのほうが高いので、物好きな方は探してみてほしい。

タイトルとURLをコピーしました