吉田拓郎を「人間なんて」や「今日までそして明日から」の人だと思っていたときにこのレコードを聴いて、大いにぶちのめされてしまったのです。あれこれと日本のフォークを聴いてみて思ったことは、1970年代の日本におけるフォークのブームは、いわゆるフォーク・ソングが流行していたというわけではなく、当時猛烈な勢いで育ち始めていた自作自演者たちの受け皿として、とりあえずギターが1本あれば成り立つフォークのスタイルが拡散した結果に過ぎなかったのではないか? ということです。誰でもエレキが買えるわけでもないし、誰でも簡単にバンドが組めるわけでもない。本当はロック(あるいはポップス)がやりたかったんだけど、あのころはフォークでやっていました……というパターンが意外と多いんです。オフコースはレコードでは「日本のカーペンターズ」という売り文句がつくくらいのポップスをやっていたのに、実際のステージでは小田和正と鈴木康博の2人がギターを持っているだけだったので、世間的にはフォークということにされてしまいました。あとは、フォークを取っ掛かりにして音楽を始めてみたら、だんだん他のかっこいい音楽に影響されていった伊勢正三のようなケースもあります。遠藤賢司の場合はやはり最初はフォークから入って、それからだんだんとその内なるロック魂を放出し始め、フォーク・ギターを捨てずに「ハード・フォーク」をやり切った、というところが激烈なる個性になっていたりします。井上陽水、アリスやALFEEも然り、当時のレコード産業で「アーティスト(歌手、ではなく)」が売り出されると、「じゃ、まずはフォーク」ということにされてしまうのが慣例でした。
拓郎に話を戻しますが、ファースト・アルバムの『青春の詩』の時点ですでにマックスというバンドをバックにかっこいい音を聴かせていましたが、「結婚しようよ」の大ヒットもあり、超大手のCBS・ソニーに移籍。きっと予算もたくさんあったのでしょう。超一流のミュージシャンを集めて思う存分にロックをぶちかましました。おまけにライヴ録音。作詞の岡本おさみとのコンビで、文学性さえ感じる詞の世界はそのままに、バックには9人編成の大所帯バンドに、さらにコーラスとブラス隊とストリングス。こんな贅沢でダイナミックな作品は、フォークというジャンルに留めておいては絶対にいけない一枚だと思います。
断然好きなのは「マークⅡ‘73」。エフェクトの効いたギターが唸る激しいイントロからして鳥肌ものなんですが、拓郎が歌い出した瞬間に「えっ、”マークⅡ”がこんなにカッコよくなってるぞ!」と驚く人々の歓声が生々しいです。ちなみにバンドのメンバーをかいつまんで紹介すると、アコースティック・ギターは石川鷹彦、エレキ・ギターは高中正義、ベースは岡沢章、ドラムは田中清司、鍵盤は松任谷正隆と栗林稔の2人体制、さらに「猫」のメンバーである常富喜雄、田口清、内山修の3人もサポートに入っています。すごいに決まっているじゃないですか。おまけに録音とミックスが良すぎです。左からエレピとストリングス、真ん中から低音がすごいドラムとベース、右からブラス隊……。アレンジは瀬尾一三と村岡健で、おそらくブラス関係は村岡健、それ以外を瀬尾一三が担当したと思われます。聴くたびにハッとさせられるのは、「ひらひら」という曲の中にある「見出し人間」というフレーズ。今でもYahooのトップにあるニュースの煽りに煽られた見出しだけを見てたくさんの人々があーだこーだと大騒ぎをしているではありませんか。けっこう今の日本人にはグサッとくる歌です。
カセット版はさらに曲数が多く、全体的に収録時間が長いそうなんですが、現在まで未CD化。断片的に聴いた限りでは、森進一に提供した「襟裳岬」のセルフカヴァーはレゲエ風のアレンジになっていて、いつか死ぬまでにちゃんと聴いてみたいものです。ヤフオクではカセットテープが1万円くらいで取引されていてとても手が出ません。