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小坂一也『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』

小坂一也
『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』
河出書房新社
1990年

 小坂一也さんという俳優・歌手をご存知でしょうか。20年以上前に亡くなられた方で、当時自分は小学生。この方を知ったのは本当に最晩年の頃で、歌手として活動されていたという印象はまったくありません。おそらく出演していたドラマを見て名前を覚えていたのでしょう、訃報を知ってショックだったことはハッキリと憶えています。たしか「ポリデント」のCMにも出ていたのではないかしら。最近、織田裕二主演の映画『卒業旅行 ニホンから来ました』でとぼけたお父さん役を演じているのを見ていたら、いろいろと当時のことを思い出してきました。

 特に強烈なキャラクターではないけど、その軽妙な佇まいがなんとなく印象に残る俳優さん。けっこうTVで見る機会も多かったので、本当に突然の訃報という記憶です。まだ62歳でした。しかし子どもの目っていうやつもなかなかバカにならないもんでして、小坂さんを見ていたときに感じていた「心ここに在らず」な雰囲気。一応俳優さんとして目の前にはいるけども、本当はこの人が何の人なのか、よくわからない。そんな印象がいまだに記憶の片隅に引っかかっています。訃報を知らせるニュース番組で晩年のステージ映像が流れているのを見て、やっぱりもともとは俳優さんじゃなかったのか、と妙に納得をしたものです。でもやっぱりまだよくわからない。子どもにとっては『ミュージックステーション』に出られる歌手以外は歌手じゃないですからね。

 その小坂さんが日本のカントリー&ウエスタン草創期に活躍したシンガーであったことを知るのは、高校生くらいになってからでした。時代は1950年代中ごろ。平尾昌晃さんやミッキー・カーチスさんらがロカビリー・ブームを牽引して、日本でもロックンロール的な何かが芽生えはじめた頃の、少し前。そのロカビリー歌手たちと同世代(数年だけ年上)の小坂さんは、1世代上のメンバーが集まったウエスタン・バンド「ワゴン・マスターズ」のヴォーカリストとして、一足早く芸能界で活躍していました。終戦後、雪崩のようにアメリカの文化が日本を染め上げていったあの時代。ジャズやポピュラーと同じく、いわゆる西部劇風の音楽がアメリカからやってきて、それを日本人で演奏して歌う。その先頭に小坂さんは立っていたわけです。大瀧詠一さんのラジオ『ゴーゴー・ナイアガラ』で小坂さんが歌う「ワゴン・マスター」を知って、そのあたりの背景が見えてきました。

 このワゴン・マスターズのリーダーはのちに日本テレビで多くの人気バラエティ番組を生み出した伝説のTVディレクター・井原高忠さんで、さらにメンバーにはホリプロ創業者の堀威夫さんもいたという、たった1つのバンドで日本の芸能界の歴史の半分くらいを築いちゃってるようなメンツです。そんなすごい場所で歌手としてのキャリアを積むことになった小坂さんが、少年時代からスターになるまでを書き綴ったのがこの本になります。「ここには日本のポップスにとって超重要な証言がたっぷりあるぞ!」と、古本屋さんの棚に収まったまま背表紙が光り輝いていましたよ、それはもう。なんでもこの本によると、「ショーボー」と呼ばれていたボーヤ(バンドの使い走り)はなんと田邊昭知さん。のちの田辺エージェンシー社長! どうやら日本の芸能界の歴史の2/3ぐらい、に訂正したほうがよさそうです。

 面白いのはここからで、ウエスタンバンドのヴォーカリストであった小坂さんの代表曲って「青春サイクリング」っていう古賀政男作曲の青春歌謡なんですよ。「サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー」っていうあの曲。90年代にもCMで使われていたのでよく知っていましたが、これも小坂さんの歌だったなんて。これが1957年のヒット曲です。それまで洋楽のカヴァーを歌っていた小坂さんが突然日本の流行歌/歌謡曲に転向して、しかもそれが大ヒット。アメリカに憧れてウエスタン歌手になった若者が、あっという間に後戻りのできない芸能界の中心へと祭り上げられてしまいます

 これは本に書いてないことですが、サクッと宗旨替えをしてスターになった小坂さんに対して、もちろんウエスタン関係のミュージシャンはいい顔をするはずもなく、裏切り者の誹りを受けることになります。どの本に書いてあったのか思い出せないのが悔しいですが、文字通りボッコボコにされたとか。おそらくそういうことはあったんだろうと思います。

 この回顧録のメインはあくまでもウエスタン歌手だった頃なので、ブレイク後の話は最後のほうにちょろっと書いているだけです。しかしここがまぁ、なんとも痛切。痛いほど切ないと書いて、痛切。なりゆきで歌わされた青春歌謡によって小坂さんは、全国的な人気はあれどもそれまでのアイデンティティをすっかり喪失してしまう。それでも持ち前の軽妙さ(軽薄さとも言う)で歌や演技のお仕事を続けられるのはさすがといったところなのですが、その芸能界の空虚さというか、空恐ろしい内情が短くも赤裸々に綴られているのです。そしてその空虚さはまさに、幼い頃に自分が小坂さんに感じていたあの「心ここにあらず」なムードでもあったという。

 書名の「Made in Occupied Japan」とは、GHQの占領下だった当時の日本の原産国表記です。戦前生まれの小坂さんですが、占領下の日本で少年期を過ごしたことへの自負が、そのままタイトルになっています。そして装丁とイラストは、 和田誠さんです。

追記:
 この記事を書いてから1年後、なんと小学館文庫から復刊しておりました。この記事のアクセス数がじわじわと伸びていたのはそういうことだったんですね。まったく気づきませんでした。ともあれ、この名著がまた広く読まれるようになったのは本当にうれしいことです。ぜひご覧になってみてください。

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こちらは旧版(中古です)。

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