主にドキュメンタリーを中心に制作・放送している専門TV局、ナショナル・ジオグラフィックで制作されたアレサ・フランクリンの伝記ドラマ『ジーニアス:アレサ』(全8話)をHuluでガッツリ観賞いたしました。あくまでもHuluはナショジオの見逃し配信という位置づけなので、配信期間は2ヶ月足らずで8/25までの配信になっています。この機会を逃すとそう簡単に観られないだろうと思いますので、このドラマについてTwitterやらFilmarksやらに連投した感想を再構成してここにまとめました。配信終了まであと2週間。これを読んで気になったらすぐHuluでご覧くださいませ。
基本はドキュメンタリー専門のナショジオですが、2017年から『ジーニアス』という本格的なドラマシリーズを放送しています。ジェフリー・ラッシュがアインシュタインを演じたシーズン1、アントニオ・バンデラスがピカソを演じたシーズン2に続いての3シーズン目です。「いまアメリカでこういうドラマを作っているぞ」というニュースが一昨年あたりから入ってきていたものが、ついに2021年の6月末から日本でも放送。同時に配信も始まりました。アレサ役を演じるシンシア・エリヴォはそれまでのシーズンの主演俳優に比べてあまり日本では知名度がありませんが、スピルバーグ監督の映画版も有名な『カラーパープル』のミュージカル版でトニー賞の主演女優賞に輝きブレイクした方です。2020年の初頭には来日し、なんとコンサートでは三浦春馬と共演したそうで、『スッキリ!』に生出演して話題にもなったみたいです。
ハイ、なんだかまとめサイトみたいな薄い文章になってしまったので本題に入ります。
おそるおそる再生した第1回を観終わることにはすっかり夢中になってしまい、2日かけて一気に完走。幼い頃と大人のアレサを何度も行き来しながら、60年代から90年代までに彼女が残した偉業が効率よく描かれるのでサクサクと観られました。毎回ちゃんと山場があって、そこがドラマの良さですね。しかし、よくもまあ毎回約50分の間にあれだけの量のエピソードを間延びせずに詰め込んだものだと。僕がアレサについて語れることはほとんどないのですが、それでもレコードはけっこう聴いていたので感慨もひとしお。好きなアルバムの舞台裏が生々しく再現されていて、泣かなかった回がありませんでした。
まずこのドラマの大きな特色は、アレサのご遺族の全面協力によって、基本的には事実に即して丁寧に作られている作品だということ。伝記といえば、近年だとフランキー・ヴァリとフォー・シーズンズについて描いた映画『ジャージー・ボーイズ』がありましたが、映画としての演出を優先させて意図的に時系列や事実関係を大胆に改変した部分も目立ち、映画としての素晴らしさは別として、オールディーズファンにはちょっと引っかかる部分もありました。そういう意味で『ジーニアス:アレサ』はドキュメンタリー専門のTV局が作っているだけあって流石にしっかりしています。アレサご本人や父親であるC・L・フランクリン牧師の人間的によろしくない面もかなり描かれていて、伝記の一般的な作り方としてはそういうネガティブな部分は美化されたり無視されたりするものですが、生前ご本人が黙殺していた評伝などもきちんと押さえ、なるべく事実に近い内容になっているそう。ご遺族が怒りやしないか心配になるくらい。ご本人の人間性に迫りつつも、本当にプライベートな部分には過剰には立ち入らず、決して興味本位のスキャンダラスなドラマはしていない。かなりバランスの取れた作劇だと思います。わかりやすすぎて多少のあざとさを感じた場面もありはしたのですが、全8回、きっちり1回ずつ泣かされました。音楽の力は本当にすごいですね。
私が初めてアレサ・フランクリンという歌手を知ったのは映画『ブルース・ブラザース』でした。他にもレイ・チャールズやジェームズ・ブラウン、キャブ・キャロウェイやブッカー・T&ザ・MG‘sのメンバーも出ていて、個人的にはソウル・ミュージックへの入門編になった作品です。ハーレムの教会の場面が非常に印象的で、JB御大が演じる牧師が説教をしているうちにヒートアップしてミサがライヴになってしまい、参列者全員が狂ったように踊り出すというシーンがあります。この教会のファンキーなムードはコメディ映画だから大げさに描いていたわけではなく、本当に昔からああいう空間だったんですね。幼い頃のアレサのエピソードを見ていると、1950年代にはすでにアメリカ南部を中心に相当なカリスマ的存在であった父、C・L・フランクリンの説教スタイルはまさに『ブルース・ブラザース』のJBのようでした。そんなわけで彼の周囲にはマーティン・ルーサー・キング牧師などの有名人が頻繁に出入りをしていたわけですが、特に幼いアレサと直接の交流があり、大きな影響を与えた存在として登場するのが、ダイナ・ワシントンとクララ・ウォード、そしてセリフのみですがサム・クック。こうして幼いアレサとの逸話を知ると、ソウル・ミュージック全盛期よりも前の、黒人歌手によるジャズやポピュラー・スタンダードのレコードも聴こえ方が変わっていくような気がします。
私事ですが、ユニバーサルから出た『ブルース・ブラザーズ』のTV吹替版を収録したブルーレイの音源は、私の父がエアチェックしたVHSがソースになっています。小野ヤスシとせんだみつおが吹替をやっているバージョンです。
ミュージシャンの伝記モノでうれしいのは、そのご当人はもちろんですが、表に出ることがほぼない裏方の方々の功績が正当に讃えられることです。例えばブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』であれば、ビーチ・ボーイズのスタジオワークを支えたミュージシャン集団、レッキング・クルーのバンマス的存在だったドラマー、ハル・ブレインがそうです。プロデューサーやアレンジャー、そしてプレイヤーの人間性に光が当たったというだけで、ファンであるこちらは涙が出るくらい喜んでしまうものなんですね。レコードのクレジットを見ているだけでは、人となりまではわかりませんから。でも、その人が携わった仕事は知っているわけです。その上でドラマを観ながら「あぁ、やっぱりこういう人だったんだ…」という感動が湧いてくる。フィル・スペクターみたいにクセが強すぎる人が例外なだけで、基本的には裏方さんはドラマにするにはちょっと地味な方が多いと思うんですが、すばらしい作品を真摯に支えた仕事人たちの隠れた偉業をもっと知りたいのがファンというものです。
この映画に出てくるハル・ブレインはイメージ通りのキャラクターでした。強面だけど辛抱強くてやさしい男。レコーディングがうまく行かなくて悩んでいるブライアン・ウィルソンに、夜中にスタジオの外でタバコを吸いながら「お前、フィル・スペクターよりセンスあるからがんばれよ」って言うところなんかたまりません。実際に彼がそういうことを言ったのかどうかはわからないですけど、ファンの妄想だとしても最高の名場面でした。
今回のドラマなら、アレサの良き理解者として常にあったアトランティック・レコードのプロデューサー、ジェリー・ウェクスラー。売れっ子になってちょっとわがままになってきたアレサの要求にも丁寧に対応してくれる懐の広いジェントルマン、という感じで実に良かったです。音楽関係のスタッフとのエピソードは彼と、アリスタ・レコードの社長、クライヴ・デイヴィスの2人に集約されているので、エンジニアのトム・ダウト、同じくプロデューサーのアリフ・マーディンの登場はちょっとだけでした。それからサックス奏者のキング・カーティス。ビートルズファンとしては、アルバム『イマジン」のセッションでジョンに手を貸してくれた人ということで記憶されていますが、アレサ本人から「アレサの第2の声」と言われるほどの信頼関係があって、今回のドラマのなかでは恋愛関係まで匂わせる描写があったので非常に驚きました。ビートルズ関係者ではビリー・プレストンも一瞬出てきます。アレサのアルバム『Young, Gifted and Black(黒人讃歌)』と『Live At Fillmore West』をガッツリサポートをしていたんでした。時期的には1969年のはじめに「ゲット・バック・セッション」が終わり、そのままのちに『アビイ・ロード』となる楽曲のセッションになだれこんでから数ヶ月後のことになります。それからアレサの姉のアーマ、妹のキャロリン。3姉妹で歌手だったわけですが、彼女たちとの関係性もドラマではかなり詳細がわかります。キャロリンのレコードは日本でもリリースされていて密かに愛好しておりましたので、このドラマで彼女の仕事も少しですがフィーチャーされたのは個人的にとてもうれしかったことのひとつです。
このドラマでは、アレサの数あるアルバムのなかから『Young, Gifted and Black(黒人讃歌)』と『Amazing Grace(至上の愛)』という2枚の名盤の舞台裏がかなり時間をかけて描かれています。後者については公開中のドキュメンタリー映画『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』と完全に一致する内容になるので映画とドラマ、どちらが先でも良いので見比べてみることをオススメします。前者については、1971年という時代にあって、プロテスト色を前面に押し出した画期的なアルバムであったという。社会的なテーマが強い内容のためにスタッフ間で物議を醸す場面も出てきます。それを当時のアメリカの黒人が置かれていた状況と、アレサの問題意識の強さでもって押し切って制作を進めるまでのエピソードが丁寧に描かれています。
そこで思い出すのはジョンとヨーコの1972年のアルバム『Sometime in New York City』。政治的なメッセージを多く含んだ楽曲が並ぶこの作品はファンからしてもいまだに評価が分かれていて、「ジョンがニューヨークの左翼活動家と付き合いを深めすぎておかしくなってしまった」みたいに思っている人も多いと思うのですが、当時の社会に対する問題意識としては至極真っ当なものであったのだと思うのでした。というのも、今回のドラマのなかでブラックパワーの活動家であり、合衆国からテロリスト扱いされていたアンジェラ・デイヴィスをアレサが勇気を持って支持する場面が出てくるのですが、そこで出てくるアンジェラの写真が新聞記事を模した『Sometime in New York City』のジャケットと同じだったんですね(有名な写真だからだと思うのですが)。「あ、ジョンのアルバムのジャケットで見たことある人だ…」。ビートルズの歴史は世界の歴史。なんでも勉強になります。
こちらはドキュメンタリー映画『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』の予告編。ドラマを観終わってすぐ映画館へ行ってきました。ドラマの再現度がいかに高かったのかがよくわかります。このときの録音をまとめたライヴ・アルバム『至上の愛』では使用されなかった場面もかなり含まれていて、映像つきでこの伝説的なステージを楽しむことができるとても贅沢な内容になっています。Filmarksの感想はこちら。
これは性(さが)みたいなものなのですが、60年代を描いた作品を観る時、音楽業界が舞台ならなおさら、ビートルズ目線で観てしまうところがありまして、すでに頭に入っているビートルズのタイムラインと照らし合わせて観ていったおかげで、このドラマの時系列も非常につかみやすかったんですね。そのビートルズがセリフに登場するのは、アレサがアルバムにプロデューサーとしてのクレジットを入れてくれとジェリー・ウェクスラーに直談判する場面で、その時は「フーもストーンズもビートルズさえも」プロデューサーとしてクレジットに入っていないから、とアレサは断られてしまいます。たしかにビートルズはグループ活動中は「Produced by George Martin」で、ソロになってからリンゴ以外の各々はセルフ・プロデュースをするようになります。実は彼らに先んじてビーチ・ボーイズが「Produced by Brian Wilson」のクレジットを勝ち取っていたわけですが、それがいかに画期的であったか、ということですね。
劇中の歌詞の字幕が一切出ないのはおそらく権利の関係で、普段洋画を観ているときにもぶつかるこの問題、本当にどうにかしてほしいと思うんですが、出ないものは出ないので仕方がありません。せめて曲名くらいは出してくれても良いのにと思うのですがそれもなし。なので、ドラマの中で流れたり使われたりしている曲を登場順にまとめたプレイリストを作りました。この手の情報は(海外の作品であればなおさら)ちょっと検索すればすぐリストが見つかると思ったらどこにもなかったので、Shazamアプリの力を借りながら1から作りました。少女時代のアレサが歌うゴスペルについては、同じ曲でなるべく雰囲気が似ているものを選びました。これまたアレサのルーツといわれている歌手、マヘリア・ジャクソンのバージョンが多いです。拾えなかった曲は2曲だけで、あとはほぼ全部網羅できてるかと思います。拾えなかったうちの1曲はアレサの1975年の楽曲「YOU」なんですが、アトランティック時代末期のアルバムは『Sparkle』を除いてサブスクはおろかCD化さえされていなかったという信じられない事態が発覚しました(レコードで聴いていたので気が付きませんでした。海賊盤CDは出ているみたいです)。
最後までとりとめのない文章を読んでくれた人へのプレゼントとして、お楽しみくださいませ。また、このタイミングに合わせてアレサの公式YouTubeアカウントが太っ腹にもベスト・アルバム『The Genius of Aretha Franklin』を丸ごと配信したり、ワーナーミュージックのYouTubeアカウントが宮治淳一さんがアレサの作品について語る動画をアップしています。こちらも併せてチェックしてみてください。