選曲概要
普段からいろいろなテーマでプレイリストを作ってはTwitterやInstagramで公開していましたので、このような場所でプレイリストを公開し、しかも解説の機会まで与えられることは無上の喜びであります。
これまでの選者のみなさんのコメントを拝見すると、小学校で「翼をください」を合唱したという話が何度も出てきます。これは下の世代の自分もまったく同じ体験をしていて、「うまく言えないけどこの曲は何かが違う!」と直感で好きになりました。催し物で合唱する曲を話し合いで決めようとなったときは必ず「翼をください」が歌いたい!と主張したものです。思えばすでに楽譜の片隅で輝く「© 1970 by ALFA MUSIC, INC.」の文字を見ていたわけですね。かくして同じ音楽の教科書に載っていた「ドナドナ」の訳詞:安井かずみ、「手のひらを太陽に」の作曲:いずみたくと並んで、「作詞:山上路夫」「作曲:村井邦彦」の名前が頭に刻み込まれたのです。
それからしばらく経って、幼い頃に童謡の作家として認識していた人たちが、いわゆる流行歌の作り手でもあったと知ることになります。ことに荒井由実のアルバム『ひこうき雲』のプロデューサー、そして、昭和のお色気ソングの代表格・辺見マリ「経験」の作曲家でもあった村井邦彦の名前は、その時からさらに特別なものになったのでした。
前置きが長くなりましたが、選曲のテーマは「これから聴きたいアルファミュージック」です。今も学校教育の現場で次々と増え続けているであろう、「翼をください」の美しさに気がついてしまった若い世代に聴かせたい15曲。これはつまり、あの頃のわたしに戻って一刻も早く聴かせてあげたい15曲でもあります。
好きな曲を挙げだしたらキリがありませんが、テーマの性格上、選曲はサブスクで今すぐアクセスできる曲に限定しました。また、今回は1970年代までの作品で統一しています。今を生きる人たちが過去にさかのぼって音楽を聴くとき、現代と同じ感覚で接することができるのはどうやら80年代までが限界らしい、という実感があるからです。思うに、録音の現場にデジタル技術が介在するかしないかが分かれ目になっているようなんですが、70年代以前の音楽が例外なく「古き良きもの」としてひとくくりに見做されてしまう現状にどうにか一石を投じたくもあります。なので、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ではありませんが、現代から過去へ。YMOまではみんな自力でたどり着いてくれることを信じ、このプレイリストではそこから先の世界に待っている”新しいもの”をご紹介したいと思います。
さて、現在のアルファミュージックの管理楽曲を大別すると以下のようになります。
①作曲家・村井邦彦による楽曲(1969年のアルファ設立以前の作品も含むが、すべてではない)
②原盤制作会社・アルファ&アソシエイツ(1972年設立)が制作した楽曲
③アルファミュージックと契約した作曲家(あるいはシンガーソングライター)の楽曲
④それ以外(1999年にアルファミュージックと合併したケイ・ミュージック・パブリッシングの管理楽曲など)
ご存知の方も多いと思いますが、1977年のアルファレコード設立以前のアルファは原盤制作会社としていくつものレコード会社から作品をリリースしていました。ここがなかなか説明の難しいところで、荒井由実なら東芝のエキスプレス・レーベル、吉田美奈子ならRVCのRCAレーベル……と言った具合に、同じアルファが作った作品なのに販売元が違うため、クレジットをじっくり読むほどのマニアでないと全体像がなかなか掴みにくいんですよね。今回のプレイリストでは②の楽曲を中心に選びました。そのあたりのこともお含みおきのうえ、お楽しみください。(文中敬称略)
真鍋新一によるアルファ・オールタイム・ベスト
( )内は発売・公開年/月
1.窓に明りがともる時/赤い鳥
作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦(1973年12月/ライヴ音源『ミリオン・ピープル~赤い鳥コンサート実況録音盤』より)
2.小鳩のように/美空ひばり
作詞:橋本淳 作曲:村井邦彦(1971年5月)
3.記憶/赤い鳥
作詞:大川茂 作曲:大村憲司(1973年6月)
4.一人で行くさ(Album Mix)/ガロ
作詞・作曲:日高富明(1971年11月)
5.しらけちまうぜ/小坂忠
作詞:松本隆 作曲:細野晴臣(1975年1月)
6.アップル・ノッカー/吉田美奈子
作曲:佐藤博(1975年12月/ライヴ音源『MINAKO Ⅱ』より)
7.ファッショナブル・ラヴァ―(Album Version)/ハイ・ファイ・セット
作詞:大川茂 作曲:山本俊彦(1976年6月)
8.メモランダム/滝沢洋一
作詞:なかにし礼 作曲:滝沢洋一(1978年10月)
9.海へ帰ろう/桐ヶ谷仁
作詞:桐ヶ谷仁、児島由美 作曲:桐ヶ谷仁(1979年11月)
10.東京ラッシュ/細野晴臣&イエロー・マジック・バンド
作詞・作曲:細野晴臣(1978年4月)
11.ラムはお好き?/吉田美奈子
作詞:吉田美奈子 作曲:細野晴臣(1976年3月)
12.美しい星/森山良子
作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦(1972年7月)
13.夢で逢えたら/サーカス
作詞・作曲:大瀧詠一(1978年7月)
14.返事はいらない(Single Version)/荒井由実
作詞・作曲:荒井由実(1972年7月)
15.河/赤い鳥
作詞:新居奎子 作曲:山本俊彦(1971年12月/ライヴ音源『スタジオ・ライヴ』より)
各曲についてのコメント
●窓に明りがともる時/赤い鳥
まずはアルファの創立者・村井邦彦について知っていただきたく、赤い鳥のライヴ・アルバム『ミリオン・ピープル~赤い鳥コンサート実況録音盤』からこの曲、というよりもこの場面を選びました。村井邦彦のピアノをバックに「山上路夫&村井邦彦」のコンビが赤い鳥に書いた曲をさわりだけ、メンバー1人ずつが独唱で歌いつないでいくコーナーの冒頭部分にあたり、リーダーの後藤悦治郎と山本俊彦がゲストである村井邦彦の活動を紹介します。
さわりだけですからすぐに次の曲へ。続きはアルバム本編でお楽しみください。
●小鳩のように/美空ひばり
歌謡曲作家としての村井作品から1曲選ばせていただきました。生まれたときからJ-POPという世代にとって、「歌謡曲」とはすなわち演歌である、と思われているフシがあり、実際自分もそうでした。しかしこれはとんでもない勘違い。大人になると良さがわかるものなのでしょうか。美空ひばりの『歌はわが命 第5集』に収録されたバート・バカラック調のラウンジ・ミュージック「小鳩のように」もそんな1曲です。
●記憶/赤い鳥
ギターに大村憲司、ドラムに村上秀一を加えた7人体制の赤い鳥が激しいアレンジで「翼をください」を歌う映像(TVKテレビ『ヤング・インパルス』)を観て衝撃を受けました。その時期の彼らが残したもっともプログレッシブなアルバム『祈り』から、グループのイメージをさらに覆す1曲です。
●一人で行くさ(Album Mix)/ガロ
赤い鳥が東芝のリバティー・レーベルからレコードを出していた頃、ガロのレコードは日本コロムビアのマッシュルーム・レーベルから出ていました。ファースト・アルバム『GARO』の冒頭を飾る名曲です。CSN&Yをお手本にした爽やかなコーラスとアコースティックなサウンド。同じサウンドなら、英語より日本語のほうが言葉がガツンと頭に入ります。この曲の歌詞には深い深い感銘を受けました。
●しらけちまうぜ/小坂忠
同じくマッシュルーム所属だった小坂忠の名盤『ほうろう』からこの1曲。2005年頃、地元のレンタルCDショップに頼っていた田舎の高校生の身分では特に廃盤になっていたわけでもないのに聴く機会がなかなか訪れず、ちょっとした「幻の名盤」的な地位にありました。強がりまくる歌詞が高校生男子の胸にガンガンと響いた思い出も懐かしい、マイベスト失恋ソングです。
●アップル・ノッカー/吉田美奈子
ここで一旦休憩。間奏曲です。ライヴ・アルバム『MINAKO Ⅱ』から。歌手の名義こそ「吉田美奈子」ですが、これは作曲者・佐藤博の曲と言ったほうがいいでしょう。彼がメンバーだった「鈴木茂とハックルバック」でのライヴ音源も近年CD化(『1975LIVE』)されました。この曲に合わせてメンバー紹介をしながら小坂忠と吉田美奈子が踊る、ティン・パン・アレーのプロモーション映像も残されています(『ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-1977』のDVDに収録)。ところでビートルズのアニメ映画『イエロー・サブマリン』には「アップル・ボンカー」という、無限にリンゴを投げ落とし続けるシュールなキャラクターが出てくるのですが、もしかしてなにか関係があるのかしら?
●ファッショナブル・ラヴァ―(Album Version)/ハイ・ファイ・セット
「エイジズ・オブ・ロックンロール」「フィッシュ・アンド・チップス」と並んで、赤い鳥より華やかに、より都会的に生まれ変わったハイ・ファイ・セットの脱フォーク宣言とでも言うべき1曲。3人がひとことずつ細かくヴォーカルを交代していくところはコンビネーションの真骨頂で、何度聴いてもワクワクします。ちなみに、シングル「冷たい雨」のB面に収録されたのは完全な別バージョンなので、もしよかったらこちらの配信もお願いします。
次は本サイトの「7月の推薦盤」を書いたときに初めてじっくり聴いた2枚のアルバム『レオニズの彼方に』『My Love is for You』から1曲ずつ選びました。
●メモランダム/滝沢洋一
●海へ帰ろう/桐ヶ谷仁
ハイ・ファイ・セットといえばやはりユーミンからの提供曲とともに語られることが多いですが、個人的には「メモランダム」も忘れられません。作曲者の滝沢洋一によるセルフ・カヴァーも素晴らしく、何度も何度も聴き返しています。桐ヶ谷仁の「海へ帰ろう」は、同時期にアルファと契約していたシンガーソングライターの児島由美が作詞をしていたので選びました。「ひらけ!ポンキッキ』の楽曲「ほえろ!マンモスくん」で幼稚園の頃から実はすごくお世話になっていた人でもあります。彼女はアルファ制作のアルバム『コム・デ・ギャルソン』があり、こちらの復刻も待たれるところ。今回のプロジェクトでまだ見ぬ傑作に出会えることをこれからも楽しみにしています。
●東京ラッシュ/細野晴臣&イエロー・マジック・バンド
東京スカパラダイスオーケストラが小沢健二をフィーチャーしてカヴァーした「しらけちまうぜ」(アルバム『グランプリ』収録)の記憶はないのですが、細野晴臣が森高千里と歳の離れた夫婦役を演じたローソンのCMと、その縁で実現した「東京ラッシュ」のカヴァーのことはよく憶えています。森高千里がCMで一緒に出てるおじさんと組んでついにCDを出してしまった!という衝撃。もちろんそのおじさんが仕掛人であったことを知るのはずっと後の話です。「ちょっとそこまで」という気軽さで世界の国々を飛び回る、このグローバルな感覚を音楽で表現できた人は日本ではこの人と加藤和彦くらいしかいなかったのではないでしょうか。
●ラムはお好き?/吉田美奈子
どの曲を選んでもベストになり得る吉田美奈子の曲からは前曲とのつながりから、そしてこのプレイリストの終盤に相応しい曲を選びました。山下達郎のコーラス・アレンジはアンドリューズ・シスターズを1人でやっているようなムードで(あっ、「ラムとコカ・コーラ」だからこれなのか!)、収録アルバム『FLAPPER』のタイトル通り、モダン・ガール的な世界観が詰まった曲です。
●美しい星/森山良子
今で言えば「パプリカ」や「世界で一つだけの花」のような立ち位置の曲というか、非常に公共性の高い曲だと思います。赤い鳥はもちろん、トワ・エ・モワ、ルネ・シマール、ベッツィ&クリス、チェリッシュ、本田路津子、天地真理……どの方が歌っても素晴らしい楽曲ですが、赤い鳥版と同じく作曲者がアレンジを担当した森山良子版を選びました。1972年のアルバム『旅立ち~RYOKO NOW』から。赤い鳥のアルバム『美しい星』から5ヶ月ほど前のリリースです。
プレイリストはここまでが本編で、ここからがアンコールになります。
●夢で逢えたら/サーカス
大瀧詠一の作品で一番有名かもしれないこの曲もアルファの管理楽曲でした。初めて世に出たのは先ほどのアルバム『FLAPPER』になるのでその関係でしょうか。80を超える数があるというこの曲のカヴァーは、(1977年のシリア・ポール版を別にすれば)このサーカスのバージョンが第1号だそうです。収録された『サーカス1』は大ヒット曲「Mr.サマータイム」をメインに据えたアルバムですから、サーカスの歌で初めてこの曲を知ったという人もたくさんいただろうと思います。アレンジは前田憲男。
●返事はいらない(Single Version)/荒井由実
ついにユーミン登場。この曲に関しては高校生の頃に初めて聴いた時からシングル・バージョンが好きでした。アルバム『ひこうき雲』のバージョンと比べるとこちらのほうがダイヤの原石感があるというか、とても声が身近な気がします。その時、録音当時18歳のユーミンに対して持った「歳が近いお姉さん」という感情が今も変わらず残っていて、それはニューアルバムの『深海の街』を聴いていても感じる、とても不思議な気持ちです。2020年には森七菜によるカヴァーもリリースされましたが、今の10代の耳にも同じようなリアリティを持って届いているのでしょうか。そこはとても気になります。
●河/赤い鳥
大トリは赤い鳥がラジオ番組で公募した80人を東芝スタジオに招いて一発録りを敢行したという凝った趣向のライヴ・アルバム『スタジオ・ライヴ』から。全体的にエッジの効いたサウンドがとんでもない臨場感。これがプロとしての初仕事だという大村憲司のギターの音に顕著ですが、録音現場で発生した空気の振動が時を超えてこちらの耳にダイレクトに届く奇跡のようなレコードです。観客の手拍子も加わり、見事なまでの大団円。ピアノは村井邦彦。ループ再生でまた最初の曲に戻って2周目、3週目と繰り返しお楽しみください。
選曲者プロフィール
1987年生まれ。映画雑誌、テレビ雑誌の編集をしながら、大好きな1960〜70年代の映画と音楽のために忙しく活動中。『日本の男性シンガー・ソングライター』『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド』(シンコーミュージック)などの邦楽ディスク・ガイドや、『ビートルズ・ストーリー』『アンド・ザ・ビートルズ』(CDジャーナル)などのビートルズ関連書籍に多数寄稿。ニューミュージック、シティ・ポップのレコードを紹介するイベント『Cafe Groovin‘』など、声が掛かればどこへでも現れます。