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Paul Anka『Live at Caeser’s Palace』(ポール・アンカ『ライブ・アット・シーザース・パレス』)

Paul Anka『Live at Caeser’s Palace』
ポール・アンカ『ライブ・アット・シーザース・パレス』
SWX-6215(SCHES-6039)
ビクター音楽産業/Janus

 ポール・アンカの1972~3年ごろ?のライブを収録したレコード。シーザーズ・パレスといえばラスベガスのカジノつき高級ホテルの代表格で、他にもダイアナ・ロスやトム・ジョーンズがこのホテルでのライブをレコード化しています。要するに営業ライブですね。ティーンのアイドルでありながらシンガーソングライターの先駆けでもあった彼は、すでに落ち着いた大人の歌手になっていましたが、こういう場所では懐メロ上等のエンターテイナーに徹していて、有名な曲なら他人のヒット曲でも歌うし、アイドル時代の曲もメドレーでガンガン歌っちゃうよ~というサービス精神が満喫できる最高の1枚です。

 彼がすごいのは、同時期にデビューしたアーティストが一部を除いて消えまくっていたこの時期に世紀の名曲「マイ・ウェイ」をものにしていたことです。もともとは「ドナ・ドナ」を歌ったクロード・フランソワが作ったフランス語の曲ですが、そこに英語の詞をつけてフランク・シナトラにプレゼントしたのがポール・アンカでした。

 そしてトム・ジョーンズがカヴァーして作者本人のバージョンを超えるヒットになった「シーズ・ア・レディ」。裏方的な評判ではありましたが、この2曲をレパートリーにして、過去の人オーラを見事に払拭しています。さすがはビートルズ以前のスターというか、人気のあるなしをまったく問題にさせない圧倒的なスター性。

 面白いことに、大トリは「マイ・ウェイ」ではなく「サムシング」のカヴァー。ビートルズの曲といえば全部レノン=マッカートニーのコンビ作だと思われがちだったこの時期に、短いイントロの間に「これはジョージ・ハリスンが作った曲です!」と高らかに教えてくれるポール・アンカ。なんてやさしいんだ、ポール・アンカ。

 この「サムシング」なにが面白いかって、ポール・アンカが勝手に曲の続きを作詞作曲して、「彼女の歩いてるところ、話してるところ……」などとジョージがあえて書かなかった部分をズケズケと具体例を挙げて明らかにしてしまう。しかしこれは紛れもなくポール・アンカのものになってしまった「サムシング」。ビートルズの曲では「イエスタデイ」の次にカヴァーが多いという「サムシング」の中でも、特に独自性の強いバージョンではないでしょうか。

 録音担当はボーンズ・ハウ。プロデューサー、アレンジャー、エンジニア……作詞作曲歌以外はなんでもできる人で、フィフス・ディメンションの「輝く星座」、アソシエイションの「ネバー・マイ・ラブ」を筆頭に、とんでもない数の名曲誕生に立ち会っている人です。

 ポール・アンカの所属レーベルといえばABC(日本ではコロムビア/その後ソニー)、RCA(日本ではビクター/その後RVC)、ブッダ(日本ではコロムビア)、ユナイト(日本ではキング)という感じで時期によってリリース元のレコード会社が違うのですが、このライヴ盤はそのどれとも違うジェーナス・レーベル(どこだそこは? そもそも「ヤヌス」と読むのでは?)。一応アンディ・ウィリアムズが設立したバーナビー・レコードの傘下らしい。

 洋楽の世界では、いつもとは違うレコード会社から出ていたら、その音源はたいてい「訳アリ」です。例えばあるアーティストがブレイク前に小さいレコード会社に残していた録音を他社が買い取って、アーティストの許諾を得ずにインチキなジャケットをつけて再発売してしまう、みたいなケースはよくあります。おそらく彼がレーベルを移籍する際、一時的に無所属になっていた時期にサクッとライヴを録音してしまったんでしょう。ライヴだけの契約のはずなのに気が付いたらレコードが出ちゃってました、みたいな。

 まぁ真相はわかりませんが、権利関係があやふやになっていたのは確かで、そのスキを突いてサブスクにはひどい音質、インチキなタイトル、インチキなジャケットで同じライヴ録音が編集を変えて何種類もあがっていました。最近になってようやく消えましたが、きっと本人が権利を買い戻して封印したのでしょう。これはこれですばらしいレコードなので、本人の手に権利が戻ったのであればきちんと再発してほしいものです。

解説はジャズ、ポピュラー系のライナーでは絶対的信用がある宮本啓さん。このWikipediaの時代にあって、なおも有用な情報を届けてくれるすばらしい文章です。

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