Neil Sedaka『Sedaka – The ’50s & ’60s』
ニール・セダカ『’50s & ’60s』
RVP-5012
RVC/RCA
最近の不安だらけな毎日のなかでも少しは平静な気分でいられるのは、キャロル・キングが毎日Twitterを更新してくれるからです。現役のアイドルのおっかけをやっているわけでもなし、なにせ1950〜60年代の音楽の場合、アーティストととのふれあいなんてほぼ絶望的で、最新のニュースはほぼ「訃報」という悲しさでありました。ところが、世界中で厄災を乗り越えていこうというこの非常時にキャロル・キングは積極的に呼びかけをしてくれて、時には弾き語り動画まで投稿してくれます。あの時代と直接接点を持つことができるのって、今がある意味最後のタイミングですよね。ここまであの時代のアーティストが身近に感じられるようになるとは思ってもみませんでした。
彼女に触発されたのか、ついにニール・セダカがFacebookに「Oh Carol!」の弾き語り動画を投稿。生きているだけでもありがたい御人が、昔とまったく変わらない声で名曲を歌ってくれたことに感涙を禁じえませんでした。ビートルズを聴いて音楽にハマった自分からすると、1963年以前のいわゆるオールディーズは古い音楽ということになるのですが、ニール・セダカだけはちょっと特別というか、知らず知らずのうちにテレビで断片的に刷り込まれていて、実はもう知ってる曲でした!という率がビートルズと同じくらい多い人です。
このアルバムは1977年ごろに出た、アルバム未収録のシングル曲と未発表曲を加えたコンピレーション。キャプテン&テニールに提供した「Love Will Keep Us Together(愛ある限り)」などのヒットで再び第一線に返り咲いていた時期とはいえ、こういうニッチな企画が成立したことに人気の高さが窺えます。有名な曲はひとつも入っていないのに、聴けばわかるこの充実度。
シリア・ポールが『夢で逢えたら』のアルバムでカヴァーしていた「Walk with Me(二人の並木道)」もここに入っています。こういうベスト盤から外れて誰も拾わないようなところから引っぱって来てたんですね。この曲自体、ニール・セダカがわざわざ佐川満男に提供した曲だったりして(同じビクターの所属だった縁)、彼の楽曲には日本人好みの要素が間違いなくあるんだと思われます。ほかにも(というか1曲目の「Let’s Go Steady Again(よりを戻そうよ)」から)、聴いた瞬間にわかるレベルで大瀧詠一が引用したフレーズが出てきて、そういう楽しみもやめられないものがあります。
収録曲のなかでは「I Hope He Breaks Your Heart(恋する心)」がダントツに好きです。やはり全然有名じゃない1964年のシングルなんですが、たったの2分半で間奏もないまま目まぐるしく展開するこの隙のなさは、ある意味アメリカン・ポップスの頂点ではないかと思うほどです。それになんと言っても、彼はシンガーソングライターですからね。そんな言葉が生まれる前から自分で歌う歌を自分で作っていた、ということはちゃんと頭に入れて聴きたいものです。YouTubeにこの曲を歌っている当時の映像があるので、気になる方は検索してみてください。 こんなにすごい曲なのにビルボード100位圏外。なんということでしょう。
これは前から一度どこかに書きたい話だったんですが、1964年にビートルズがアメリカに上陸した事件を境に、アメリカの1位は世界の1位とばかりに漫然と業界を支配していたアメリカン・ポップスの地位が大きくゆらぎました。自国のマーケットを狙ってやってくる海外のアーティストを意識して、それまでのように単純明快なだけではやっていけなくなったアメリカン・ポップスは、さらに洗練の度合いを強めていったのです。しかし結局はロックとフォークの人気に押されて消えていく……とそういう流れです。もちろんニール・セダカも例外でなく、曲の素晴らしさとセールスの結果が一致しない不遇の時代を迎えることになります。そんな事情もあって、だからニール・セダカに限らず1964年〜1967年くらいまでは「埋もれた名曲」の出現率が非常に高く、「恋する心」もまさにこの時期の典型的な1曲です。そんなちょっとひねりが効き始めたアメリカン・ポップスが大好きなんですよね……という話でした。おそまつ。