Paul McCartney / Paul McCartney & Wings
『Coming Up / Coming Up (Live at Glasgow) / Lunchbox/Odd Sox』
ポール・マッカートニー/ポール・マッカートニー&ウイングス
『カミング・アップ/カミング・アップ(ライヴ)ランチボックス/オッド・ソックス』
EPR-20690
東芝EMI/ODEON
この期に及んでまだ信じられてないんですが、どうやら『マッカートニーⅢ』というアルバムが出るそうじゃありませんか。もうジャケット・デザインも発表されて、限定アナログ盤の予約まつりが起きたりして、さすがに覚悟を決めて認めなければならない状況に追い込まれております。いや、だって、ビートルズが解散状態になってしまった1970年、密かにレコーディングされていた『マッカートニー』、来日したら大麻で捕まってしまった1980年、本来なら発表されるはずではなかったデモ音源集『マッカートニーⅡ』に続く、2020年の『Ⅲ』なんですよ? これまでもコンスタントにナイスな新譜を届けてくれたポールだけど、今回はちょっと重みが違います。
さて、こちらは1980年の『マッカートニーⅡ』からの先行シングルで、B面はその前年にウイングスのステージで披露した時のライヴ・バージョンと、さらに数年前に録音してオクラになっていたちょっとしたインストの2本立て。結局この年の末にあまりにも衝撃的なジョン・レノンの訃報があり、さまざまな心境の変化のなかでバンドの活動もこれっきりになってしまうという、なんとも因縁の深いシングルです。もともと個人的に録音していた曲なんだから当たり前なんですが、宅録特有のチープなサウンドを商品としてリリースするのはやはりポールだからできる大博打でしょう。もっとも1970年の『マッカートニー』という「前科」があるポールに怖いものなんてなかったんでしょうが。「カミング・アップ」を聴いたジョンが発奮して『ダブル・ファンタジー』の制作に臨んだという超イイ話も最近ようやく広まってきました。日本にゆかりのあるジョンのことですから、ポールが日本で捕まったニュースを知らなかったはずはありません。その心中はいかばかりか、ついつい思いを馳せてしまいます。
そんなことを知るよしもなかった日本のファンは、言いようのない失望と無情感に苛まれ続けた1980年だったかと思います。日本盤シングルでは、最近Twitterで驚愕のエピソードを毎日のように明かしてくれる 水上はるこさんが解説を書かれています。ショック状態から抜け切れていないファンに言い聞かせるような文章からは、当時の状況を想像するに余りあるものがあります。タイトルこそ挙げていませんが、サウンド面でアーチー・ベル&ザ・ドレルズの「タイトゥン・アップ」からの影響を指摘されているのもさすがですね。
ライヴ音源が収録された1979年12月17日のグラスゴー公演についてはなんと海賊盤で全編が聴けてしまうので、これはいずれまたゆっくりご紹介したいんですが、「カミング・アップ」はポールが日本で捕まらなければ当然ウイングスで正式レコーディングがされるはずの曲でした。同時期のシングル「グッドナイト・トゥナイト」と併せて、プラスティックなディスコ・バンドに生まれ変わったウイングスのニューアルバムが幻になってしまったのは、返す返すも惜しい話です。
この盤はたまたまUS盤(Columbia 1−11263)も持っていたので、ついでに比較してみましょう。
ジャケットは同じデザインのように見えて完全に別物。表も裏も、ポールの写真は日本盤ジャケに比べて少し大きめに配置されています(その代わりに一回り分、上下左右がカットされてます)。これ、今回見比べて初めて気が付きました。しかしそれにしても、白黒にしてしまうとまるで指名手配写真みたいで本当に趣味の悪いジョークですね(ジョンと違ってジョークのさじ加減が全然わかってないのがやっぱりポールらしい)。アルバムのジャケットの別テイクの写真ですが、温かみのあるアルバムの印象と違ってちょっと怖いですし、朱色を入れて2色刷りにしている日本盤の方がずっと素敵です。少しでもポップに見せてあげようという日本側デザイナーの涙ぐましい工夫に拍手。
ちょっと書きすぎてしまいました。近いうちに『マッカートニーⅢ』に関する部分だけを加筆して、別のところで改めて掲載することにしましょう。