サブスク捜索隊

Jim Webb『Jim Webb Sings Jim Webb』 (邦題:『ジム・ウェッブの愛の世界』)

 グレン・キャンベルの「恋はフェニックス」フィフス・ディメンションの「ビートでジャンプ」、ドナ・サマーの「マッカーサー・パーク」など、1960年代の中頃から多くのヒット曲を生み出した作曲家ジム・ウェッブ(またはジミー・ウェッブ)。20歳そこそこの頃から現代も残る名曲の次々と送り出した若き天才であり、 当時の若い歌い手から大御所シンガーまでが彼の作った曲をこぞってとりあげた、アメリカを代表するソングライターのひとりだ。そもそも彼は作詞・作曲・編曲・歌・プロデュース、そのすべてをこなすことのできるアーティストであり、70年代の半ばからは作曲家としての知名度を生かして、本来のシンガーソングライターとしての活動も活発化。現在までマイペースに活動を続けている。先のグレン・キャンベルや、アート・ガーファンクルとはそれぞれの作品の制作を通して交流を深め、なんと2010年代に至るまでコラボレーション作品を発表している。

 こちらは1968年に発表された彼の記念すべきシンガーとしてのファースト・アルバム……と言いたいところだが、実は本人に無許可でリリースされたもの。彼が過去に音楽出版社に納品していたデモテープの上から、ストリングスやブラスセクションなど、新たに楽器をオーバーダビングして無理やり仕立てられたもので、レーベルこそepicという大手コロムビア傘下ではあったものの、本作の成り立ちは海賊盤のように非常に不透明なものであった。

 大元になったデモテープの録音時期は1965年ごろとされており、彼にしてみればブレイクを果たすはるか前に録音した習作を勝手に「期待の天才、注目の新曲」と称してリリースしてしまったことになる。さぞかし不本意だったことだろう。 ブレイクしたアーティストの勢いに乗じて、権利者や過去の所属会社がブレイク前の音源を持ち出してリリースするということ自体は、音楽業界ではよくあることではあるが、彼自身は近年この作品について、“ごろつきどもによってプロデュースされた、古いデモを「マッカーサー・パーク」みたいなサウンドに仕立てた代物”という辛辣なコメントを残している。本来であればデモテープをもとにしていろいろな歌手がレコードを制作するわけだが、彼が作曲家として有名になったために、自身が歌うデモテープそのものにも価値が見いだされるようになってしまった。たしかにサイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」も本人たちに無許可でオーバーダビングをした結果の大ヒットだった(epicレーベルと同系列の米コロムビア・レーベルの仕業)が、さすがにデモテープを寄せ集めて1枚アルバムをでっちあげるのは無謀がすぎる。大元のデモテープの演奏の拙さを修正しきれていない箇所もあるし、先に挙げた彼の代表作と比べれば本作の収録曲はどうしても地味な印象はぬぐえない。本作が「本来作品として発表するつもりのなかった録音」だったのは大きな悲劇だ。

 だが、それでも本作に何ものにも代え難い魅力を感じるのは、大安売りの商業主義の極致と、いくら金を積んでも買えない人間のピュアさの激突、とでも言おうか、ポップかつ職人的なバッキングの手堅さと、そんな大甘なアレンジに決して負けない彼自身の個性の強さがしっかりと刻まれているところである。特にヴォーカルの粗っぽさは本人的にも相当不満だろうが、それも含めて魅力的。同じ1曲の中で曲調が変わるなど、どの曲も工夫が凝らされており、特にアルバムのラストに収録されている「Then」は悲痛なまでに美しい 佳曲(後にヴォーグスがカヴァー)。山下達郎が「サウンドストリート」でジム・ウェッブ特集をした際に、「この人の作る曲はすばらしいのに歌は聞けたもんじゃない」 (大意)と言っていたのは、この作品のせいなんじゃないかとも思ったり。

 そんな経緯もあって、本作は彼の公式サイトでも紹介されていない 「アンオフィシャル(非公式)盤」。  ファースト・アルバムというよりは、プレ・デビュー・アルバムとでも呼ぶのが妥当なところだろう。 もっとも本当のファースト・アルバムとなった次作『Words And Music』(1970)もどういうわけか、なんらかの不満があるのか、公式サイトに載っていないのだが…。

 本作収録曲のなかでは、カントリータッチながらドラマティックに曲調が変わる「I Keep It Hid」ヴォーグス(「Then」と同じアルバムに収録)、レイ・チャールズ、ヴィッキー・カーなどによって歌われていて、もっとも知名度が高い。日本でこのアルバムがリリースされた際も、この曲がA面1曲目になるように曲順が変更されていた(1995年の世界初CD化の際も同じ)。また、ダイアナ・ロスが脱退した直後のシュプリームスが、全曲のアレンジとプロデュースをジムが務めた1972年のアルバム、その名も『The Supremes:Produced and Arranged by Jimmy Webb』(そのまんま)で歌っているほか、盟友グレン・キャンベルもジムと全面コラボを果たした 1974年のアルバム『復活(Reunion)』にて採り上げている。

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