新しいビートルズ海賊盤事典雑記まとめ

ビートルズの「ゲット・バック・セッション」と、それらを収めた海賊盤について【解説】

2016年ごろになんの目的もなく書いた文章で、したがってどこにも発表されることなくずっとハードディスクに眠っていたものです。おそらく当時も自分のサイトを持ちたいと思い、そのための準備として書いたものの、予想以上に労力がかかってしまいそれっきりになってしまったものと思われます。
これまでに出回ったビートルズの歴史的な音源・映像のなかでも、特に雑多で全貌が把握しづらかったのが「ゲット・バック・セッション」関連のマテリアルです。インターネットの発達で活発に音源や映像をデータでやりとりできるようになった当時の時点で、改めてこの一連の音源、映像について概略をまとめておきたい、という意図だったのでしょう。ピーター・ジャクソン監督が改めてこの「ゲット・バック・セッション」の記録映像を再構成したという新作ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』の公開を夏に控えたいま、改めてこの場を借りてこの文を公開します。

※写真は映画『レット・イット・ビー』の音声を2枚のレコードに収録した海賊盤『In a Play Anyway』のジャケット。アップル・スタジオの調整室からキャメラ、照明、スタッフに囲まれた4人を写したもの。

 ビートルズによる1969年1月のセッション、いわゆる「ゲット・バック・セッション」の様子を収めた海賊盤の大部分は、ドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』の撮影中、主に撮影キャメラと同時に回っていた録音テープから作られている。そもそも、このプロジェクトは映画の撮影でもアルバム作りでもないところから始まっている。できたばかりの新曲をTVスタジオで初披露し、あわせてその舞台裏ドキュメント(リハーサルの様子など)を番組にまとめて放送しよう、という目論見が、ジョージの一時脱退劇やユナイト映画との契約問題(映画『イエロー・サブマリン』はアニメーションだったため、「《ビートルズの主演映画》を3本制作する」という契約から外れているとみなされた)などの諸問題があり、TV出演はやめてアルバムの制作へと目的を変更。そんな行き当たりばったりな混乱のさなかでドキュメンタリーの制作だけは続行され、「セッション中のビートルズの姿を記録する」という使命をおびたスタッフたちによって、1月2日のリハーサル初日から最終日の1月31日、アップル・コアの屋上で行われたゲリラライブに至るまで、ビートルズの会話と演奏風景を収めた膨大な量の音(テープ)と映像(フィルム)が残されることになった。台本があり、必要な場面だけ撮れば良い劇映画と違って、ドキュメンタリーはその場で起こっていることをひたすら撮り続けるしかない。

 のちに映画『レット・イット・ビー』にまとめられる素材(テープ、フィルム)のうち、海賊盤CDとなって世に出回っている音声は100時間を超える。映像も、ビデオに変換された状態で一部が流出していて、ジョンとヨーコの姿を重点的に追った映像など、数時間分の映像が海賊盤DVDで観ることができる。モノクロの映像が多いのは、おそらくラッシュ・フィルム(編集前に現像した内容をチェックするためのフィルム)が流出したためだろう。ビデオと違ってフィルムは現像しなければ撮った内容を確認できず、またカラーフィルムの現像はコストがかさむため、撮った素材を一旦モノクロで現像する。それがフィルムを使っていた時代、ドキュメンタリーの現場の常であった。

 「ゲット・バック・セッション」の海賊盤は、よほどのファンでなければ聴くに耐えない代物かもしれない。同じ曲を、それも完成度の低い演奏を何度も何度も聴き続けるのはやはり退屈だろう。アルバム『レット・イット・ビー』が、いいところだけを選りすぐっただけではなく、過去の音源を混ぜたり(「アクロス・ザ・ユニバース」)、オーケストラを重ねたりして(「ロング・アンド・ワインディング・ロード」など)、ようやく商品として成立した、という経緯からもその事実はうかがえる。ちなみに、完成した映画の上映時間は88分映画に使われなかった残りの99時間を聴いてみたいと思うかどうか。それがこれらの海賊盤を楽しめるかの分かれ目になっている。

 海賊盤の元になったテープの多くは、映画用に記録されたテープ――スイスのナグラクデルスキー社製――通称「ナグラ(Nagra)」と呼ばれるオープンリール・テープからコピーされたもので、通常ビートルズがスタジオでアルバム作りに使用するマルチトラック・テープとはまったくの別物である。音声はモノラル。撮影フィルムの記録可能時間は、ロール1本で長くて20分程度。主に2台のキャメラ(Aカメ・Bカメ)とそれぞれに対応する2台のテープが同時に回っていた。演奏の記録は二の次。あくまでもビートルズの生の姿を収めるためのキャメラなので、演奏の途中でフィルムが切れてしまう(それと同時にテープの録音もストップする)こともしばしばある。また、フィルムを編集する際のことを考え、音と映像を同期させるための信号(機械的な「ピー!」というビープ音)や、AカメかBカメか、フィルムのロール番号を示すスタッフのアナウンスも記録され、その信号やアナウンスが演奏を遮ってしまうことも多々ある(もちろんマルチトラック・テープを元とするアウトテイクも少しは出回っている。『アンソロジー3』にも収録された「I Me Mine」のオリジナル・バージョンなどがそうで、アナログ時代から海賊盤に収録されていた)。

 ではなぜ「ゲット・バック・セッション」の海賊盤はリリースされ続け、それを楽しむファンが後を絶たなかったのか。そこに、泥沼のなかから宝石を見つけたときのような、なにとも変え難い魅力があるからだ。そもそも、ビートルズのアルバム作りの一部始終が聴ける例などほかにない。どうせなら『リボルバー』や『ホワイト・アルバム』の全貌を見てみたかった気がするが、そこは腐ってもビートルズ。 リハーサル中にはロックンロールの名曲を多く取り上げ、グループの活動初期にあった活気を取り戻そうとしている様子がうかがえるし、とりとめのない会話とやる気の感じられない演奏のなかにも、興味深い瞬間はいくらでもある。このときはものにならなかったが、のちに解散後のソロアルバムで実を結ぶ名曲も多数披露されている。そしてなにより、聴き手は100時間という膨大な時間と向かい合うことで、最低の状況にあった4人と同じ時間を過ごすことができるのだ。「ゲット・バック・セッション」の抱える様々な問題……「ジョンについてきたヨーコがスタジオに居座る問題」「ポールが仕切れば仕切るほどあとの3人がイラつく問題」「翌月から映画の撮影に入るリンゴがいるうちに新曲を完成させないといけない問題」「大勢の撮影スタッフと数台のキャメラに監視されてる問題」などなど、もはや伝説となった数々の逸話を身をもって体感できるなんて、ファンとしてこんなに楽しい苦行はない。

 そんな苦行などまるで厭わぬファンが世界には大勢いることを、無数にあふれる海賊盤の存在が証明している。上で説明したフィルム音声に関して言えば、Aカメ・Bカメの、わかる限りすべての音源を集め、途切れている演奏を2本のテープから可能な限り見つけて繋ぎ合わせた『A/B Road』というシリーズでその大部分を聴くことができる。聴くことはできるが、全部で約98時間分、CDにして83枚分の量があるのですべてを聴くには相当の覚悟が必要だ。それでも、このシリーズによってセッションの全貌がある程度判明した現在の状況は恵まれているといえる。このシリーズが登場した2000年代の初めごろまで、わずかな「初登場音源」を売りにした海賊盤が氾濫しており、「ゲット・バック・セッション」は、いったいこれまでどれだけの音源が日の目を見たのかも把握が困難な、まったくのブラックボックス、一度足を踏み入れたら二度と戻れない無間地獄だと思われていたのだから。

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