『スタンダード・コレクション』
ポップス史に残るリンゴ・スター白熱の快演
~『センチメンタル・ジャーニー』
リリース:1970年3月27日
(日本:1970年6月25日、『ポール・マッカートニー』と同時発売)
レーベル:アップル/EMI(日本:アップル/東芝音楽工業)
Side A
1 Sentimental Journey
(センチメンタル・ジャーニー)
2 Night And Day(夜も昼も)
3 Whispering Grass (Don’t Tell The Tress)
(ウィスパリング・グラス)
4 Bye Bye Blackbird
(バイ・バイ・ブラックバード)
5 I’m A Fool To Care
(アイム・ア・フール・トゥ・ケア)
6 Stardust(スターダスト)
Side B
7 Blue, Turning Grey Over You
(ブルー・ターニング・グレイ・オーバー・ユー)
8 Love Is A Many Splendored Thing(慕情)
9 Dream(ドリーム)
10 You Always Hurt The One You Love
(あなたはいつも)
11 Have I Told You Lately That I Love You?
(愛してると云ったっけ)
12 Let The Rest Of The World Go By
(レット・ザ・レスト・オブ・ザ・ワールド・ゴー・バイ)
リンゴ・スターのファースト・ソロアルバム『スタンダード・コレクション(Sentimental Journey)』は、ジャズやスタンダード・ナンバーのカヴァーアルバム。リンゴはヴォーカルのみでドラムは一切叩いていないが、まずそこがいい。ビートルズ時代でリンゴがソロで歌っている曲といえばせいぜいアルバム1枚に1曲あるかないかで、2枚組の『ホワイル・アルバム』でようやく2曲歌わせてもらっていたリンゴ。彼のほのぼのとしたヴォーカルをアルバム1枚分たっぷり楽しめるというだけで、他に何を望むことがあろう。確かにリンゴは他の3人のようにシンガーソングライターとして独立できるタイプではないが、ビートルズ時代にポールが作った「イエロー・サブマリン」や、ジョンが作った「グッド・ナイト」などの歌唱で、リンゴが他の3人にはない独自の世界をすでに切り拓いていたのはご存知の通り。ひとたび彼が歌えばどんな歌でも「リンゴ色」にすることができたという、これもひとつの才能であった。
それを最初からしっかりと見抜いていたのはやはりこの人、ビートルズから引き続いてプロデューサーを務めたジョージ・マーティン。そもそもアルバム1枚分もの量の曲を一度に歌ったことがなかったリンゴに対して、とりあえず難しいことは考えないで、昔の懐かしい歌でも歌って楽しんでみようよと、そういう気軽な雰囲気がアルバム全体に満ちている。
カヴァーの選曲をジャズやスタンダードの名曲でまとめた、というところにもこの作品の意図がある。例えば有名な俳優さんが「歌はそんなに上手くないかもしれないけど、味のある歌声でいろんな曲をカヴァーしますよ」という企画のレコードは日本でもたくさんある。ビートルズ解散後、リンゴはミュージシャンよりも俳優でいたかったというくらいで、元メンバー4人のなかではもっともエンターテイナー向きのキャラクターであった(こういう具合に互いの弱いところを見事に埋め合っているところ、本当にビートルズはすごい)。映画『マジック・クリスチャン』『キャンディ』への出演で俳優への転身を果たしたリンゴ(先にソロで俳優デビューしていたジョンは『僕の戦争』だけで飽きてしまった模様)。映像は残っていないが、ビートルズの妹分、シラ・ブラックが司会のTV番組『Cilla!』にゲスト出演し、彼女と一緒にミュージカル仕立てて「アクト・ナチュラリー」をデュエットする音源も残っている(リハーサルの写真のみ現存)。この「リンゴ・スター」というすべてを超越したキャラクターが豪華なビッグバンド(ジョージ・マーティン・オーケストラ)をバックにして、ジャズやスタンダード・ナンバーを歌うアルバムなのだから、これが面白くないわけがない。リリースは1970年3月27日。ビートルズとしては最後のアルバムになった『レット・イット・ビー』発売の2ヶ月前に当たる。
タイトル曲になった「センチメンタル・ジャーニー」は、タイトルがタイトルだけに、なんともアンニュイな気分の曲だ。この曲をアルバムのタイトルにして、1曲目に収録するということに、どうしても意味があるような気がしてならない。具体的に言うと、映画『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』の中で、自分の居場所に違和感を持ったリンゴがグループを抜け出して街を放浪する場面と、この作品でのリンゴのイメージとが妙にダブって見えるのだ。
センチメンタルな旅に出よう。少しとぼけた顔で、少し悲しげにリンゴが歌い出す。グループ解散のいざこざから抜け出して……いや、なにも問題は解散のことばかりではない。1969年の年末にはプログレッシヴ・ロックの名盤『クリムゾン・キングの宮殿』が『アビイ・ロード』をチャートの1位の座から引きずり下ろしたという伝説が作られ、激烈な勢いで次の時代がやってきつつあった。そんななかでリンゴが提示したのが本作である。あまりの呑気さに、当時のロックのリスナーはずいぶんガッカリさせられたのではないだろうか。ビートルズのソロアルバムのなかでもあまり振り返られることはなく、リンゴ自身、1978年に発表した6枚目のアルバムタイトルを『Ringo the 4th』(=リンゴの4枚目)と名付けたくらいで、本作はあくまでも「余興」扱いとされたまま今日に至っている。
ジョン『ジョンの魂』→実験作
ポール『マッカートニー』→試作品
ジョージ『オール・シングス・マスト・パス』→超大作
リンゴ『センチメンタル・ジャーニー』→余興
これがビートルズの各メンバーが解散後に初めて世に問うたソロ・アルバムの概要である。いかにもそれぞれの性格が現れていて面白い。ジョンはとにかく自分をさらけ出したかった。ポールはとにかく肩の荷を降ろしたかった。ジョージはとにかく自信を持って自分の作品を作りたかった。そしてリンゴは……とにかくリンゴのままでいたかった。このカヴァー・アルバムの選曲は、リンゴの母・エルシーが好きだったという曲から選ばれたそうだ。人前ではいつも気丈にふるまいながらも、実はパーソナルな心の安寧を求めているリンゴのささやかな気持ちが伝わってくるようではないか。