1959年/日活
監督:野口博志
脚本:秋元隆太、柳瀬観
音楽:山本直純
出演:川地民夫、筑波久子、水島道太郎、稲垣美穂子、菅井一郎、宍戸錠、深江章喜
あらすじ:
新宿界隈でフラフラしている坂本組の若いヤクザ・川地民夫は、バーで働く恋人・稲垣美穂子の心配をよそに、頼れるアニキ・水島道太郎に心酔している。落ち目の坂本組はついにヤクの取引に手を出すことになり、組長・菅井一郎からその段取りを任されたアニキは、民夫だけにこっそりその計画を話す。アニキの言うことには、組長はクラブ・ピーコックを経営するようになってからすっかり保身に回るようになってしまったという。組長がピーコックで働く怪しげな女・筑波久子を愛人にしているのも気に入らない。俺は組を抜ける。これが最後の大仕事だ。と運び屋を任された民夫の運命やいかに。取引の周りには、宍戸錠やら深江章喜やら、どう考えても危ない連中がウヨウヨしているぞ~。
評:
ケバくてエロい謎の女・筑波久子に惚れたら最後、絶対に裏切られて破滅することになるので、彼女にはまず近寄ってはいけないという教訓だけが残る犯罪映画。取引が円満に成立してしまったら映画にはならないので、当然死人も出る。取引の場所が箱根の山道で、背景に芦ノ湖と富士山がきれいに見えるカットがある。設定は夜か明け方のはずなので、これはおそらく特撮、あるいは昼間に撮った絵を暗く加工しているのかもしれない。よく考えると不自然な絵面だが、構図は圧倒的にカッコいいのでその方がムードは出る。こういうムード優先の演出は、ハリウッドのギャング映画によく出てくる書き割りの摩天楼のようなもので、この時期の日活のアクション映画にはお手軽ながらもムードあふれる和製フィルム・ノワールがたくさん眠っているらしい。
クライマックスは、日本軍の要塞跡があるという謎の小島。ギザギザの岩場の回りに崩れたレンガと雰囲気たっぷりだ。調べてみるとロケ地は横須賀沖にある無人島・猿島らしく、現在も基地の跡は残されているとのこと。のちに『仮面ライダー』で悪の組織・ゲルショッカーの基地としても使用されており、特撮ファンたちの聖地と化しているらしい。特撮といえばこの映画の劇中、訳あって爆発、横転するトラックもほんの一瞬のカットではあるがミニチュア特撮。こういう人間ドラマのなかにピンポイントで使われる一瞬の特撮カットがたまらなく好きだ(先日観た『夜の蝶』――これは大映の映画――もそうだった)。特撮といえば怪獣映画やSF映画がどうしても目立ってしまうが、本来の特撮の良さは、ボーっとしていると見逃してしまうほど本編と馴染む、その精巧さにある。怪獣映画、特撮映画を幼いころにむさぼり観たせいで、冒頭のクレジットで“特殊撮影:日活特殊技術部”なんていう文字を見つけた瞬間に血が騒ぎ、一瞬のカットを見逃すまいと身体に力が入る体質になってしまった。
この映画をはじめ、お色気専門女優として活躍した筑波久子はその後、日活を退社して単身渡米。カリフォルニア大学で映画を学び、あの伝説のプロデューサー、ロジャー・コーマンに認められ“チャコ・ヴァン・リューウェン”の名で映画製作に乗り出す。ジョー・ダンテ監督(『グレムリン』などの監督)の『ピラニア』や、ジェームズ・キャメロン監督(ご存知『ターミネーター』『タイタニック』『アバター』!)の『殺人魚フライングキラー』をプロデュースし、のちに売れっ子となる若き監督を抜擢した。なんという人生! このあたりの経緯は近年テレビのバラエティ「爆報!THEフライデー」でも取り上げられて有名になったので、『海底から来た女』(DVD出てない!)など、お色気時代の筑波久子ももっと気軽に観られるようにしてもらいたい。
追記:
Amazonプライム・ビデオに日活が参入してから、他社のように別料金プログラムを設けるでもなく、プライム会員であれば「渡り鳥シリーズ」など日活の有名作から、公開以来一度もまともに人に観られてこなかった幻の作品まで、とにかく大量の作品が観られるようになっている。しかもタイトルは定期的に増え続けている。そんな流れのなかで、ついに『海底から来た女』もめでたく配信で再び陽の目を観ることになった(でもDVDは出てない!)。唾をごくりと飲み込みながら拝見したが、噂通りの傑作。この作品についてはまた改めて。とりあえず観ていただきたい。