映画漬け新東宝

『リングの王者 栄光の世界』(1957)

1957年/新東宝
監督:石井輝男
脚本:内田弘三
音楽:齋藤一郎
出演:宇津井健、池内淳子、中山昭二、伊沢一郎、細川俊夫、若杉嘉津子、旗照夫(歌)、天知茂(一瞬)、星輝美(一瞬)

あらすじ:
 魚市場で働くガタイの良い若者・宇津井健は、市場のなかの洋食屋で働く娘・池内淳子と恋人同士。老いた母親と松葉杖をついて暮らす幼い妹を助けるために、かねてから勧誘を受けていたボクシングの世界に身を投じることになった。早くからそ彼の才能を認めていた新聞記者・伊沢一郎と、彼のためにトレーニングを引き受けた元ボクサー・中山昭二のサポートでメキメキと成長する宇津井健だが、有名になれば悪い奴らも寄ってくる。高級クラブのマダム・若杉嘉津子の誘惑は強力だ。こんなことでチャンピオンの細川俊夫を倒せるのか。周囲の頼みで一時的に身を引いていた池内淳子の不安をよそに、フラフラと宇津井健は夜の街へ……。

評:
 日本映画のキング・オブ・カルトこと石井輝男監督のデビュー作で、シンプルかつ真っ当なボクシング映画。『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』であるとか、『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』といった、東映移籍後のおどろおどろしい作品群が伝説化してしまうのは仕方がないにせよ、石井輝男の面白さを知った人は、新東宝時代の、ある種の爽快感に満ちたウェルメイドな娯楽作品にももっと目を向けてほしいと常々思っている。ちょっとしたシーンでも、ちゃんと構図のキマったロングショットを挟んでくる演出は観客を飽きさせない工夫があって、最後まで気を緩めることなく、「自分はいま面白い映画を観ているんだぞ!」という高揚した気分で画面にかぶりつきたくなる。

 そもそもボクシングというスポーツは映画にするにはもってこいのドラマティックさを持っていて、洋画ではすでにいくつか本作のお手本と呼べる傑作がある。それの日本版をやるにあたって、実はモダンで、かつガッツのある演出を好む石井輝男の適性は見事なほど一致していた。話の筋はありふれていて、これがのちに「スポーツ+根性=スポ根」と呼ばれるジャンルのハシリに当たるのだろうと思う。それだけに、特にひねった仕掛けをしなくても、自然と物語の力は強いものになる。気の良いデクノボウというか、まだ垢抜けず、朴訥な印象のある新人時代の宇津井健が中盤、ボクサーとして成長するにしたがって、燃えるファイターの目になっていくさまをこれ見よがしのクロースアップで捉えただけで、映画としてはすでに勝ったようなもの。連戦連勝を重ねてメキメキ成長する彼をオーバーラップの連続で表現していく場面に、爆走する蒸気機関車のカットを混ぜ込んでくる演出にはすっかりウキウキさせられてしまった。こういう演出に喜びを感じる。

 スポーツでも賭け事でも、殺し屋でもそうだが、映画のなかでプロフェッショナルな世界が描かれるときは、映画なので多少のウソっぽさは許せるにしても、明らかにショボく、適性のない役者が演じていると映画全体が成り立たなくなってしまうことが多い。本作で倒すべきチャンピオンを演じる細川俊夫は、競歩の選手であった経歴もあって体つきもよく、アスリートの厳しい世界を身をもって知っていることを感じさせる名演だった。その点、相手に不足はなし。リングの場面といえども、もちろん実際に殴り合うわけにはいかないので、パンチが当たってるの当たってないのか怪しい場面も少なくなかったが、「真に迫った画を撮りたい」という作り手の誠実な気持ちは画面を通してちゃんと伝わってくるから不思議だ。

 ヒロインの池内淳子もまだまだ女優としては駆け出しも駆け出しの頃で、宇津井健と同様、垢抜けない。でもそこがいい。食堂で甲斐甲斐しく働く場面の一瞬の可憐さなど、魅力的な部分はちゃんと監督は見抜いていて、人の見ていないところで悩んだり泣いたりする姿は後年に彼女が得意とした薄幸の女性役の原型を見るようだった。新東宝という会社の映画は出来にムラのある作品が多く、キャラが濃厚な役者の多いなかで池内淳子あたりの清純派になると、出ているのか出ていないのかまったく記憶に残らないこともそう珍しくない。そんななか、主人公がチャンピオンを目指すために一時的に物語から退場させられる彼女が、少ない登場場面でも強い存在感を残しているのはさすがだった。

 彼女の不在を埋めるのは、明らかに関わるとロクな目に遭いそうもないヴァンプ・若杉嘉津子。『東海道四谷怪談』のお岩さんから『黄線地帯』の宿屋のババア役まで、新東宝ではかなり使い勝手よく酷使されていたイメージがあるが、本来の美人顔を存分に活かした本作の役はかなりおいしい。モノクロ映えするハリウッド女優のようなメイクもよく似合う。ストイックに練習しなければならない宇津井健をダンスに誘って誘惑する場面は、踊る2人の周りを回るカメラワークの力もあって妙な迫力があった。

 ところで、この時期の現代劇には必要不可欠と言っていいほど頻出するナイトクラブ。こういう場面の演出で監督の個性を見分けることはある程度可能なんじゃないだろうか。ダンサーたちはとんたり跳ねたりの大騒ぎ、ステージでは旗照夫がキザなシャンソンを歌っている。ちょっと見ただけでこの監督は音楽やモダンな文化が大好きだということがわかる。たいていはただの要らない観客サービスで、仕方なさそうに出てくることも多いこの手のシーン。いつも面白いと思わせられるのは、石井輝男監督の映画と、『嵐を呼ぶ男』井上梅次監督の映画だ。

 DVDは出ていたけど、とっくの昔に廃盤ですっかりプレミア価格に。東宝、松竹、東映など大手の映画会社とは違って、自前のソフトメーカーを持たない新東宝(現在の国際放映)の作品はなかなかDVDやブルーレイが出ないという根本的な問題があるのだが、そこでやっぱり配信だと思うのですよ。東映みたいに月額料金をとってAmazonチャンネルを作ってほしい。短命に終わった映画会社なので、そもそも本数に限りがあるし、そのうえさらにフィルムの保存が良好なものとなると相当厳しい気もします。だったら単品500円とかでもいいです。観ます。廉価版のDVDはこうしてリリースが始まっているので、この作品もぜひラインナップに!

映画『リングの王者 栄光の世界』の真鍋新一さんの感想・レビュー | Filmarks
真鍋新一による、「リングの王者 栄光の世界(1957年製作の映画)」ついての感想・レビューです。
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