大映文芸映画漬け

『夜の蝶』(1957)

『夜の蝶』1957年/大映東京
原作:川口松太郎
監督:吉村公三郎
脚本:田中澄江
音楽:池野成
出演:京マチ子、山本富士子、穂高のり子、船越英二、山村聰、小沢栄太郎、芥川比呂志、川崎敬三

あらすじ:
 銀座のバー・フランソワのマダム・京マチ子は怒っていた。京都で成功したバーの支店を銀座に構えるため、山本富士子が鳴り物入りで銀座にやってきたからだ。おまけにフランソワの2階では、大阪からやってきたデパート経営者・山村聰とその子分・小沢栄太郎が政治家たちを呼んで東京進出の準備をしており、ここで山本富士子に銀座ナンバーワンの地位を奪われるわけにはいかなかった。理由はそれだけではない。富士子は、マチ子の死んだ夫の不倫相手でもあったのだ。

評:
 田中澄江という脚本家は、伊丹十三の光源氏が毎週毎週美女を口説き落とす連ドラ版『源氏物語』とか、お嬢さま育ちで明るくチャラい久我美子に真面目キャラの香川京子がキレる『女であること』とか、(スタッフが野郎ばかりなので)典型的な描写になりやすかった女性の描写に深みを与え、60年後の今観ても「あるある~」と言いたくなる名場面をたくさん書き残してくれたすごい人。この映画では、京マチがお富士さんから山村聰を奪い返し、酔った勢いで用もなくお富士さんに電話をかける場面がそれにあたる。この行為のウザさがどれだけ人を怒らせるのか、非常によくわかる。そして怒り狂ったお富士さんがこのあと一体どんな行為に及ぶのか? ネチネチした女同士の争いが、なぜ手に汗握るクライマックスに発展してしまうのか? という過程がとても丁寧に、巧妙に、組み立てられている。

 たとえば女同士が摑み合いの喧嘩をしたりするような品のなさは一切出さずに、内に燃え盛る野心、渦巻く嫉妬、といった目に見えないものを表現するにはどうしたらいいのか。そこはまさに吉村公三郎監督の、誰にでもわかりやすく、かといってクドくもなく、というバランスの取れた名演出で(逆に言うと作家性が弱くて平凡、と受け取られてしまう場合も……)、ある意味究極の客商売である銀座のバーと、毎晩神様レベルの気配りを繰り出すマダムたちがしたたかに描いている。吉村公三郎監督はのちに岩波新書から『映像の演出』という、映画、ドラマ、あらゆる映像がいかに演出されているのかを教えてくれる本。1979年の本ですが映画同様の理路整然ぶりにいつ読んでも感動する。

 ところで、映画館のロビーに貼ってあった当時の宣伝資料に「回想シーンでモノクロを使いました。世にも珍しいパート白黒です」という吉村公三郎監督のコメントが載っていた。モノクロ映画からカラー映画への移行期には一部のシーンだけをカラー撮影するパートカラーの作品も作られていましたが、それをもじって「パート白黒」とシャレているわけ。吉村監督が1957年から現代にタイムスリップしてきたらどう思うだろう。未来人の僕は「あんな陳腐な手法が昔は新鮮な発明だったんだなぁ」と驚いている。

 船越英二がミュージシャンになる夢を戦争に打ち砕かれ、銀座でホステスの斡旋をしている男を演じている。途中で街中に貼ってある「3人の会」(=團伊玖磨、黛敏郎、芥川也寸志)のポスターを複雑な気持ちで見つめるシーンがあって(そこ実名使うのかよって感じです)、するとこの3人は船越英二と同級生だった設定なのでしょうか。『夜の蝶』の音楽はその3人と同じく、映画音楽と純音楽の両方で多くの名曲を残した池野成で、テルミンの音が裏社会を覗き見してる感じで良かった。ちなみにこの前後の場面で、柴田吾郎を名乗っていたころの田宮二郎が船越英二の元同級生役で一瞬登場。ノンクレジットですがセリフあり。ちょい役なのにイケメンすぎて浮いていたので場内の空気が一斉に「あっ、田宮二郎」に変わったのが面白かった。

以下、細かいメモ

 自動車の走行シーンで部分的に特撮が使われていて、これがどうやら『大怪獣ガメラ』など、大映の特撮映画でおなじみの築地米三郎の担当らしい。たしかにこれは同じ年の『地球防衛軍』に引けを取らない出来で、「本編の引き立て役として特撮」のお手本のような仕事でした。

 市田ひろみという服飾評論家のおばさんがいます(もう年齢的にはおばあさん、か)。20年くらい前から急にお茶のCMに出始めた着物のおばさん、といえばたぶんわかってもらえるはず。実はこの方、若いころは大映の専属女優で(といってもブレイクする前にさっさと辞めてしまったのだけど)、昭和30年代の大映作品でときどき顔を見かけることがある。昔の写真を見たら、「和製ソフィア・ローレン」と謳われただけあって、今の穏やかな雰囲気が想像できないほどバタ臭い濃厚なお顔(あの叶順子の数倍は濃い)。想像するに当時の日本映画界でこのお顔を活かすのが難しかったのだろうと思うが、『夜の蝶』では山本富士子の店の従業員役で、着物姿で化粧もそれほど濃くなかったので、速攻で市田さんを特定。むしろ現代の女優さんに近いオーラだった。しかし、ようやく日本に本格的に到来したカラー映画に対応すべく、いつもよりメイクがケバケバしているお富士さんと京マチと並んでいる場面では、どうしてもメイクが不自然に見えて、そこは非常に惜しいなと思った。

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